ザ・ピーナッツ伊藤ユミが死去!死因や息子はいたのか

昭和に活躍した双子のデュオ、ザ・ピーナッツの伊藤ユミ(本名・月子)さんが5月18日に死去していたと所属事務所が発表しました。

75歳でした。

伊藤ユミさんといえば、双子のエミさんと妹ユミさんで結成されたザ・ピーナッツで1959年にデビュー。

「恋のバカンス」や「恋のフーガ」などの曲が大ヒット。

1975年4月の公演を最後に芸能界を引退し、静かに暮らしていました。

伊藤ユミさんの死因は?

伊藤ユミさんの死因はなんだったのでしょうか。

親族の意向で公表されていませんが、病気療養中だったとのことです。

姉エミさんは2012年6月、がんのため71歳で亡くなっています。2人は、一卵性双生児なのでもしかすると、ユミさんの死因はがんの可能性もあるのではないでしょうか。

葬儀・告別式、四十九日の法要も近親者のみですでに執り行われており、お別れの会などの予定もないとのこと。

息子のように可愛がっていた甥

伊藤ユミさんには子供はいませんでしたが、姉・エミさんと沢田研二さんの間に生まれた息子のことを我が子のように可愛がっていたそうです。

エミさんと沢田研二さんが離婚してからは、姉妹と甥の3人で東京・世田谷の100坪をゆうに超える広大な土地に地下1階、地上2階建ての豪邸に住んでいた。

しかし、2012年6月15日、エミさんががんで亡くなってからは、2人で住んでいたそうです。

近所の住民は、

「エミさんが亡くなってからは、ユミさんはエミさんの息子さんで甥にあたるAさん(35才)とふたりで暮らしていたんです。でも、去年の春頃だったかしら? ユミさんとAさんは別々に暮らすことにしたらしく、その後、それぞれ引っ越されてね。土地も全部売って、去年の秋頃にはあの通り、お家も取り壊されてしまったんですよ」

と話している。

実の息子のように可愛がっている甥の自立を考え、車で10分ほど離れたマンションでそれぞれ暮らしていた。

ザ・ピーナッツ伊藤ユミの経歴

「伊藤シスターズ」で活動していたところを、渡辺プロダクションの故渡辺晋社長にスカウトされ、1959年に「可愛い花」でデビュー。テレビ創生期だった61年、日本テレビ系の音楽バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の司会に起用され、一躍、人気デュオとなった。

61年から製作が始まった怪獣映画「モスラ」で、姉妹で妖精の小美人を演じ、モスラを呼ぶ「モスラの歌」も大ヒットした。

主なヒット曲は、「恋のバカンス」「恋のフーガ」「キサス・キサス」「ふりむかないで」「ウナ・セラ・ディ東京」など。

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