永六輔の死去に悼む声!死因や経歴について

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放送作家、タレント、エッセイストとしてテレビの草創期以前から多方面で活躍した永六輔さんが7月7日に死去していたことがわかりました。

83歳でした。

ご冥福をお祈りいたします。

永六輔さんといえば坂本九さんの「上を向いて歩こう」などの名曲の作詞を手がけ、ラジオやテレビの放送作家などマルチな才能を持っていました。

私たちの記憶に残る作品を多く手掛けてきた永六輔さんの死因や経歴について見ていきましょう。

死因は前立腺がん・パーキンソン病が原因か

永六輔さんは2010年、当時77歳のときに前立腺がんやパーキンソン病であることを公表しました。

パーキンソン病は、高齢になるほど発症しやすい、脳障害による病気で、手足などが不自由になり、その症状がやがて全身に広がっていく病気です。

診断されてから6年たち、症状も進行していたことでしょう。

また、前立腺がんにかかっていたため、現在まで長い闘病生活を続けていました。

闘病生活を続けていた2013年2月3日に『徹子の部屋』に出演した際は、元気な姿を見せていましたが・・・

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そのときの徹子さんとの会話で

黒柳徹子「こちら(永六輔さん)、ご存知と思いますがパーキンソンにかかってらっしゃるっていうことで、今療養中」

永六輔「リハビリの最中」

黒柳徹子「でもすごい、永さん。はっきり、明晰に、言ってることがわかるようになったのね」

と以前より回復しているように周囲は見ていました。

ただ、一緒に出演していたピーコさんによると、薬が合ってる時は大丈夫なのだが、ちょっと「ずれちゃう」ことがあるらしく、そうするとまた新しい薬が必要になるとのこと。

高齢になり体力も落ちてきた体にとって、パーキンソン病と前立腺がんの病は死因につながる病気だったのではないでしょうか。

永六輔さんの経歴

早稲田大在学中に作詞・作曲家の三木鶏郎氏の「冗談工房」に入り、放送界デビュー。NHKの人気番組「夢であいましょう」の台本を担当するなど放送作家として活躍。

ラジオ番組にも自ら司会者として出演するなど視聴者らの高い支持を得て、2013年9月まで46年間「永六輔の誰かとどこかで」のラジオ放送を続けた。

67年から2013年9月まで放送されたTBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」は放送回数が1万2629回に達し、同一人物が出演する同局の番組としては最長寿となった。

作詞家としても高い才能を発揮。特に作曲家の中村八大さんとのコンビは有名で、米国でも「スキヤキソング」として全米チャート1位となり大ヒットした坂本九さんの「上を向いて歩こう」や、梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」、水原弘さんの「黒い花びら」など、数多くの名曲を世に送り出した。

永六輔さんの死を悼む声

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