石黒修が死去!石黒賢の父親で戦後初のプロテニス選手

spotnews380
俳優の石黒賢さんの父親でり、戦後初のプロテニス選手となった石黒修さんが病気のため依拠してことがわかりました。

80歳でした。

石黒修のプロフィール

spotnews379
名前:石黒 修(いしぐろ おさむ)
生年月日:1936年8月12日
出身地:長崎県長崎市
学歴:慶応義塾大学

石黒修の経歴

兵庫の甲南中1年のときテニスを始めました。

高校は、甲南高校に進学し高校総体で優勝。

大学は慶応義塾大学に進み、大学日本一となっています。

その後、全日本選手権でシングルス、ダブルス、混合ダブルスでそれぞれ優勝3度。

ウィンブルドン選手権には1961年から6年連続出場し、63年には3回戦に進出した。国別対抗戦のデ杯でも活躍し、監督も務めました。

72年に日本プロテニス協会を創設し、初代理事長に就任しています。

このニュースに対する反応

初めてのプロテニス選手だったんだ。前に石黒賢がテレビで、親父はとにかく負けず嫌いで家族でやるトランプですら、負けるとすごい悔しいがって、自分が勝つまで続けるし、子供の自分にわざと勝たせてやるなんてこともなかった、と語っていて、ふーんプロのスポーツ選手ってそれくらい負けず嫌いでないとダメなんだ、と思ったものです。ご冥福をお祈りします。

石黒賢さんは”有名なテニス選手の息子”ということで存在を知ったくらいですが、大変な功労者だったのですね。ご冥福をお祈りします。

石黒ファミリーの土台作りがあっての、錦織圭だと思います。どうか安らかに。

これは・・修造も悲しんでいるだろうな。
日本のテニス界の先駆者だし、その功績は十分に称えるに値する。
この年まで、よく頑張られた。ご冥福をお祈りします。

石黒さん、亡くなっちゃったんだ・・・
テニスやってる人間からすると神様のような存在。
ご冥福をお祈りいたします。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加